新型コロナウィルス感染症(COVID-19)による緊急事態宣言から1か月、学校の休校からは2か月が経過するも、緊急事態宣言の延長など先の見えない状況が続きます。
緊急事態宣言の骨子は社会活動の自粛、これが個人レベルに於いても様々な影響を及ぼしています。
その中でも、自粛などに伴うストレスや心身の疲労、各種の精神症状、特に神経症や鬱は、新型コロナウィルス感染症(COVID-19)の直接の健康被害ではありませんが、深刻な問題となっています。(ネットのニュースなどを見ると、これらの精神症状を総括して世間一般的に、“コロナうつ”と呼ばれている様です。)
また、不眠(入眠障害や熟眠障害)、眠れてもぐっすり眠った感じがしない等についても多くの人が悩んでいます。
それらの症状に対してはどうすれば良いのでしょうか?
世間的にも言われている事ではありますが、一般的に気を付ける事は以下とされています。
① 規則正しい食生活、質の良い健康的な食事をとる。間食を控える。
② 飲酒はほどほどにして、飲酒しない日を造る。
③ 起床時間、就寝時間を守る。
④ テレワークや自宅学習に於いても、通常の時と同じ時間に行い、ペースを乱さない。
⑤ 適度な運動を毎日行う。できなければ散歩でも買い物でも良いから外出する。外出はできれば日中、太陽の光を浴びると良い。
以上の注意点を守ってもなお、不眠や不安が強い場合は、心療内科や精神科を受診して、睡眠薬や抗不安剤、抗うつ剤を内服する事となります。
しかし、睡眠薬は依存性の問題があったり、アルコールを飲む方は選択しにくいお薬です。抗不安薬や抗うつ剤は眠気や動悸、ふらつき、倦怠感、口渇、便秘、肝機能悪化などの副作用もあるなど、若干体の負担が大きい治療となります。
もちろん、これらの西洋薬による治療が医学的に必要である場合、特に治療を要するうつ病である場合は、専門家の見立ての上で抗うつ剤等の治療が必須です。また治療が遅れると病状が不可逆性に進行する場合がありますので、一度は医療機関で相談されると良いでしょう。
その結果、精神科領域の治療薬が必須ではない場合は漢方薬などの治療を検討しても良いかもしれません。
漢方薬は、依存性がなく、眠気や倦怠感などの副作用を生じにくいなどの利点も多く、今回の新型コロナウィルスに於ける自粛などに伴う一過性の精神症状については最適な治療法と考えます。
漢方は、同じ症状であっても体質によって違う漢方を使うなど、東洋医学的な診察によって適切なものを選択する必要があります。
この様な場合に使われる漢方薬について、以下にまとめたいと思います。
ストレスによるイライラや怒り、不眠は東洋医学的に見ると“肝(カン)”の異常と考えられます。東洋医学では肝の役割は、現代医学における肝臓と自律神経系や精神のコントロールが合わさったものと考えられています。
肝の異常によるイライラ=気の高ぶりには、『抑肝散(よくかんさん)』が有効です。特に心中に怒りを感じている様な時には即効性をもって良く効きます。抑肝散はイライラを感じた時に対症療法的に内服するのも良いのですが、一日1-2回定期的に飲むとイライラしにくくなります。特に休校中の子供さんとお母さんが共にイライラを抱えている時などには親子で抑肝散を飲むと相乗効果をもって有効であると古来から言われています。
漢方は体質によって使い分ける必要がありますが、状況によっては、『抑肝散』のかわりに『抑肝散加陳皮半夏(よくかんさんかちんぴはんげ)』、『四逆散(しぎゃくさん)』、『柴胡桂枝湯(さいこけいしとう)』などとすることもあります。
自粛に伴う閉塞感、のどや胸のつかえ感がある場合の精神症状は、東洋医学的に見ると“気”という身体を循環する生命エネルギーの停滞=“気滞(きたい)”という状態であると考えます。
気滞に対して有効な生薬(しょうやく:漢方を構成する成分)としては、“半夏(はんげ)”、“厚朴(こうぼく)”、“柴胡(さいこ)”、“枳実(きじつ)”、“薄荷(はっか)”、“香附子(こうぶし)”などがあります。これらを含む漢方が気滞を伴う症状に効くと思われています。
つかえ感が顕著な場合は、『半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)』が使われます。この半夏厚朴湯は特に女性に有効であるとされていますが、つかえ感を目安に使うと、男性にも小児にも即効性を持って良く効きます。
半夏厚朴湯の効きが悪い場合や、呼吸器系の疾患を持つ場合、消化器系の慢性的な炎症がある場合などには、半夏厚朴湯に『小柴胡湯(しょうさいことう)』を併用すると効果的な場合があります。この組み合わせは昔から頻繁に行われるため、セット商品化され、『柴朴湯(さいぼくとう)』という漢方として処方されています。さらに便秘を伴う場合はうっ滞した気を通し、ストレスを便とともに流すという考えで“大黄(だいおう)”という生薬を加えることも行われます。処方薬としては、『大黄甘草湯(だいおうかんぞうとう)』を適宜追加するなどをしています。
気滞がある場合で、男性などに多い比較的体力がある人には『四逆散(しぎゃくさん)』が良く効く場合があります。四逆散の効果が十分ではない場合、特に不眠がある場合には『香蘇散(こうそさん)』を適宜追加することも行われます。
女性で症状が多岐にわたり特定できない場合、いわゆる不定愁訴がある場合は、『逍遥散(しょうようさん)』ないし『加味逍遥散(かみしょうようさん)』がお勧めです。特に加味逍遙散は女性の更年期障害の代表的漢方として有名ですが、年齢によらず飲んでみる価値のある漢方です。加味逍遙散は精神症状への効果に加え、若干便秘を改善する効果が出る場合もあります。便秘がある人にとっては一石二鳥かもしれませんが、人によっては軟便になってしまうかもしれません。
腸の乱れからくる精神症状があり、比較的体力がある人には『桃核承気湯(とうかくじょうきとう)』を試す価値があります。
イライラに加え心悸亢進、興奮しての不眠などがある比較的体力がある人には、『柴胡加竜骨牡蠣湯(さいこかりゅうこつぼれいとう)』がお勧めです。柴胡加竜骨牡蠣湯は、精神症状に加えて、高血圧や動脈硬化がある人に対しても補助的治療薬として有効性があるため、体質が合えば使ってみる価値のある漢方薬です。柴胡加竜骨牡蠣湯の効きが悪い場合や便秘がある場合は大黄(だいおう)を加味する事で効果の増強が期待出来ます。
また、柴胡加竜骨牡蠣湯に含まれる生薬として、大型哺乳類の化石である“竜骨(りゅうこつ)”とカキの殻である“牡蛎(ぼれい)”がありますが、これらの生薬はミネラルや微量元素を豊富に含みます。そのため柴胡加竜骨牡蠣湯は、コロナによるステイホームや在宅勤務による食生活の乱れなどで生じるミネラルや微量元素の不足を補ってくれる、サプリメント的な役割も担ってくれるかもしれません。
同様の漢方でより虚弱な体質の人に有効なものとして『桂枝加竜骨牡蠣湯(けいしかりゅうこつぼれいとう)』があります。この漢方は、気滞がさらに高じて気の逆流=“気逆(きぎゃく)”を生じている場合に有効な生薬である“桂枝(けいし)”=シナモンを4gと多めに含んでいます。
気の停滞が悪化し気逆のレベルになると、精神症状に加え、頭痛、めまい、嘔気、咳、呼吸苦などの症状が見られるようになります。この場合は桂枝加竜骨牡蛎湯の他には、『苓桂朮甘湯(りょうけいじゅつかんとう)』等を使う場合もあります。
漠然とした不安が強く眠れない場合には、『加味帰脾湯(かみきひとう)』を使います。加味帰脾湯は古来より杞憂(古代中国の杞という国の人が、空が降ってこないかといつも心配していた事に由来する、心配する必要のない事で気を病み続ける事)に対する漢方として第一選択とされていた漢方です。不安で眠れない場合だけに限らず、イライラや怒りはないが、いつも漠然とした不安が拭えずに押しつぶされそうな感覚のある場合にも飲んでみる価値のある漢方薬です。
また、加味帰脾湯の主要生薬である“酸棗仁(さんそうにん)”には、睡眠と覚醒の日内リズムを正常化する働きがあります。ステイホームに伴う問題として昼夜逆転がありますが、それに対しても酸棗仁配合の漢方は有効です。昼夜逆転を直すには、加味帰脾湯も有効ですが、より酸棗仁の含有量が多い『酸棗仁湯(さんそうにんとう)』がより有効です。また、加味帰脾湯の効きが悪い場合には、酸棗仁を増量し効き目を補う目的で加味帰脾湯と酸棗仁湯を併用することもあります。
新型コロナウィルスに感染しない、他人を感染させない事はとても重要です。
しかし、感染予防のための自粛により、精神の不調をきたし健康を害してしまうのでは本末転倒と言えます。
緊急事態宣言による自粛を行いつつ、精神的にも健全でいるために、ぜひとも漢方薬を活用したいものと考えます。
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