”フレイル”という概念はご存じでしょうか?
もともとは、老年医学の専門家から提唱された概念です。
人は、誰でも老化によって身体機能が衰えていきます。
若いころは健常な人でも、衰えが進んで行くと、介護なしでは日常生活を送れなくなる、いわゆる”要介護”になる可能性があります。
この身体機能の衰えは、個人差が大きいため、同じ年齢でも全く違う様相を呈する場合があります。
例えば、70歳でもマラソン大会に出る人もいれば、寝たきりで要介護の生活を余儀なくされる人もいます。

要介護になる人の原因は様々ですが、その予防については、多くのケースに共通している部分があります。
それは、前要介護状態といえる、正常と要介護の中間点に到達する段階で防ぐ、という点が最も重要である、という事です。
要介護の前状態のことを、日本老年学会では、フレイル=脆弱性と定義していますが、ここの段階を回避する事が、要介護状態を回避する上では最も大切と考えられています。

その、フレイル予防について、興味深い研究結果がありました。
2019年に東京都健康長寿医療センターの谷口優氏による、大田区在住者を対象とした研究での、犬猫の飼育状況とフレイルの発症率との関係についてです。

内容は、2016年に登録された65歳以上のフレイルを持っていない男女7881人のうち、2年後の2018年の追跡調査で再評価が可能であった6197人を対象とした調査です。
対象者のうち、ベースライン時点で犬や猫を飼っている人は870人(14.0%)、かつて飼っていた人は1878人(30.3%)、飼育経験のない人が3449人(55.7%)となっています。
(意外と飼育経験がない人が多い事に驚きました。)
2年間の追跡期間中にフレイルを発症した人は918人(14.8%)。
フレイル発症者の多変量解析(世帯規模、収入、脳卒中の既往、食事の多様性、GDS5スコア、飲酒・喫煙習慣を補正)では、犬猫の飼育経験がない人のリスクを1とすると、現在飼育している場合のリスクは0.87、以前飼育した事がある場合は0.84と低下しているとの結論を得たとの事です。
(この数字が低くなればなるほど、フレイル発症が少なくなる=健康を保つうえで良いという事です。)
犬と猫とに分けた研究では、同じく、犬を現在飼っている場合は0.81、以前に飼っていた場合は0.82と、さらに有意な結果が出ています。
これらの研究結果より、犬を飼育する事は、フレイル予防、ひいては要介護状態になる事の予防に対し、一定の効果があるという結論が出たのです。

犬を飼育する事が健康につながるという面は、愛犬家の間では半ば常識と言えるかもしれません。
しかし、現在飼育しているだけではなく、かつて犬を飼っていたことがあるだけでも、フレイル予防に効果があるというのは、ちょとした嬉しい驚きでした。

この研究は、単に犬を飼う事がフレイル予防に役に立つという側面だけでなく、実に多くの事を示唆します。
犬を飼う=定期的な運動習慣ができると考えると、運動習慣がフレイル予防に効果的となります。
65歳以上の人が、現在犬を飼っている=現在運動習慣がある事がフレイル予防に効果的である事は容易に理解できます。
しかし、かつて犬を飼っていたという事は、65歳になる前、40歳台ないし50歳台に犬を飼っていた=その年代に運動習慣があったという事であると考えられます。
そうすると、フレイル予防に関しては、老齢になってからの運動習慣の維持も大切ですが、それ以上に、40歳以降に運動習慣を持っていたか否かの影響が大きいのではないかと考えられます。

フレイル予防という面では、大きな転換点=point of no returnが実は40歳台にあり、その時点での運動習慣をつける事が最も重要であるというのは、フレイル予防に対しては、とても示唆的な話であると考えます。
フレイル発症の影は、実は結構早期に訪れているのです。

定期的な運動習慣を持たない人の割合の国際比較では、我が国は世界でも最も高めである、非運動国家であるとされています。
同時に、ペット、特に犬の飼育割合も世界で最も低い国の一つであり、飼育比率は年々低下傾向にあります。
フレイル予防のために犬を飼うとういのは、極端でハードルの高い選択であるとは思いますが、ペットは飼わずとも、散歩などの定期的な運動をすることは、フレイル予防に十分効果的と考えます。
40歳を過ぎたら、将来の健康と長寿、そして何よりも健康寿命の延長という観点から、定期的な運動を心掛けておきたいものです。

☆一応、研究原文のサマリーを載せておきます。犬と猫を分けた研究結果は、サマリーには載ってないので少々残念ですが、論文本体には掲載があります。☆
Accumulating evidence from studies of human-animal interaction highlights the physiological, psychological, and social benefits for older owners of dogs and cats. This longitudinal study examined whether experience of dog/cat ownership protects against incident frailty in a population of community-dwelling older Japanese. Among 7881 non-frail community-dwelling adults aged 65 years or older who completed a mail survey in 2016, 6,197 (mean [SD] age, 73.6 [5.3] years; 53.6% women) were reevaluated in a 2018 follow-up survey. Frailty was assessed with the Kaigo-Yobo Checklist. Incident frailty was defined as a score of four or higher in the follow-up survey. Overall, 870 (14.0%) were current dog/cat owners, 1878 (30.3%) were past owners and 3449 (55.7%) were never owners. During the 2-year follow-up period, 918 (14.8%) developed incident frailty. Mixed-effects logistic regression models showed that the odds ratio for incident frailty among dog/cat owners, as compared with never owners, current owners were 0.87 (95% confidence interval [CI]: 0.69-1.09) and past owner were 0.84 (0.71-0.98), after controlling for important confounders at baseline. In stratified analysis, the risk of incident frailty was lower for past dog owners than for cat owners. Longer experience of caring for a dog requires physical activity and increases time outdoors spent dog walking and thus may have an important role in maintaining physical and social function and reducing frailty risk among older adults.

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